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働く母が子どもの病欠とどう向き合う

子育て 育児

 

体だけは丈夫で、普段からあまり保育園を休まない息子が昨日からダウン中です。

 

「お腹が痛い」とうずくまって動かない。いつもは大食漢なのに(私より食べます!)「ご飯いらない」と固形物を受け付けず、ジュースさえ飲むのに一苦労。

 

かなり心配したのですが、昨日の夕方ごろから少しずつ元気を取り戻してきています。今日はうどんのリクエストが出たので9時半という変な時間でしたが急遽うどんタイム。ほんの2箸程度とスープだけでしたが食べました。良かった。

病気がちの子のお母さんって大変

うちは38度以上になればほぼ間違いなくインフルエンザ(卵アレルギーで予防接種出来ません)。それもほぼ一晩で解熱。治って元気すぎる息子と登園許可が出るまで(親が)ヘロヘロになりながら自宅待機というほどの健康優良児ですから、これまであまり病気の心労だけは溜めてきませんでした。

(それ以外の心労は嫌という程溜め込んでます)

でも今回は違った。これがあの息子か!というほど元気が無く、でも熱はなし、下痢も1度だけだったので、このうえさらにインフルエンザやノロウイルスなどをもらってしまっては元も子もないと考え、病院に行くのを悩みながら過ごした半日はとても長く感じました。

病気がちでよく入院するという子どもを2人育てているお母さんを知っています。スーパーで出会うと「入院になって…」と何度言われたことか。そのお母さんの普段の心労って、今思うと計り知れないです。私なんて半日でオロオロしてたのに。強いなぁと尊敬してしまいました。

働く母が子どもの病気とどう向き合うか

私の仕事は自由業というほどではありませんが、自分の裁量である程度調整ができ、また職場の理解もあるほうなので子育て中は助かることが多いです。さらに、たまたまヒマな時期に重なり、2日間みっちり休んで子どもと向き合うことが出来ました。そんな中で普段気づかない子どもの心の不安や成長なんかも知ることが出来ました。忙しさにかまけていては見逃していたことかも知れません。そういう意味では子どもの病気にもちゃんと意味があるなぁと思ったのです。

 

うちの息子は赤ちゃんの頃から泣く時は怒り泣き!というほどエキセントリック。体調が悪いときや眠いとき、お腹がすいている時には、ちょっとどこか触っただけで(頭を撫ぜるとか?)「ゔゔぁ〜※○■△〜!!!!」っと言葉にならない腹立ちを全身で表現するような子どもです。そんな息子に時にはイライラ、時には腫れ物に触るようだった私ですが、息子専属になって4年以上も過ぎると肝も座るというもの。ちょっとは大人な対応が出来るようになってきました。

子どもって病気のたびに、ちょっと成長すると思いませんか?今回は時間的、精神的に余裕があったこともあり、息子に怒りたいだけ怒らせてあげることができたことで、親子ともども本当に成長出来た気がしています。同時に、これまで私が未熟だったせいで、小さな心にたくさんの我慢をさせてたんだなぁとちょっと反省しました。いつでも「怒りん坊はダメ!」じゃなくて、ときには目一杯発散させてあげないとイケナイですよね。理不尽な腹立ちを受け止めてもらえるのって、ある意味子ども時代の特権かもしれません。

多くのワーキングママにとって子どもの病気は大変な試練です。休める人、休めない人、自分の母親などに見てもらって働くお母さんも多いことでしょう。でも病気って体だけのことではない気がします。子どもだって、心弱くなっている時だからこそ、いつもは言いにくいわがままが言えるかもしれません。そこに子育てのヒントがある気がします。

子どもが病気の時にちゃんと休める社会になればいい

ちょっと自分の思い出話をすると、うちの母は会社を経営していて、私は子ども時代(と言っても小学生ぐらいの時の記憶)私が学校を休んだ日でも仕事に行っていました。母はお昼になると昼ご飯を買ってきました。自分がさみしいと思っていたのか、なんと思っていたのかは記憶にありませんが、当時の私にとったらそれが当たり前で、今考えると母は大変だったろうなぁと思うのです。

でも、ワーキングママだからこそ、子どもが病気の時ぐらい心置きなく仕事を休んで、みっちり子どもとの絆を築くチャンス!ぐらいの余裕が欲しいなぁと感じました。休んでいても仕事が気がかりじゃなかったり、休む為にあちらこちらに気を使わなければならなかったりでは、子どもの心にまで目を向けるどころじゃないですもんね。

子育てって2足のわらじをはくにはなかなな大変な仕事です。でも、国は一億総活躍を掲げている訳で…だったら、もっとちゃんとそこをフォローしていかないと。ママのイライラや不安は子どもはちゃんと分かっています。いつの時もママが心穏やかに子どもと向き合える社会を実現したい。子どものために、その子どもが暮らすであろう、次の世代の平和のために。